大阪市立大学フランス文学会の研究発表会を下記のとおり開催いたします。
多くの皆さまのご参加をお待ちしております。

日時:2018年3月25日(日)15時より
場所:大阪市立大学杉本キャンパス 法学部棟11階711C教室

傳田久仁子「ChamとMusée Philipon―七月王政期におけるペローのパロディ作品―」
白田由樹「生命力の回復と応用芸術運動―ヴァン・デ・ヴェルデの原始性志向―」(仮)
原野葉子「戦争をよりよく殺すために―ボリス・ヴィアンと一般意味論―」

発表要旨:

傳田久仁子「ChamとMusée Philipon ―七月王政期におけるペローのパロディ作品―」
19世紀前半、特に七月王政期における「長靴をはいた猫」の受容を跡付ける試みの一つとして、Cham(1818-1879)によるパロディ作品を取り上げる。1839年の処女作の出版以降、第二帝政期にかけて活躍したカリカチュア作家であるChamは、『シャリヴァリ』などでも人気を博したにもかかわらず、ドーミエの二番手としての評価こそあれ、現在ではほとんど注目されていない作家といってもよい。しかしながら、10歳年長のドーミエと同じく1879年に亡くなった彼は、その作品が紙面を常に飾り続けた、時代の空気を伝える作家の一人であることは否定できないだろう。今回は彼が20代前半にかかわった仕事である『ミュゼ・フィリポン』でのペローの6作品のパロディを取り上げ、その特徴をみていくことにしたい。

白田由樹「生命力の回復と応用芸術運動 ―ヴァン・デ・ヴェルデの原始性志向―」
世紀末ベルギーの応用芸術運動を理論的に牽引し、「新芸術」の構想を打ち出したヴァン・デ・ヴェルデは、1894年にビングの「アール・ヌーヴォー」展でフランス国内の反発を呼んだ後、ドイツに活動の場を移していく。彼とフランスのアール・ヌーヴォーを隔てていく根本には、洗練された趣味へのアンチテーゼとなる原始性志向があり、それは特定の国や民族を超えた普遍的なものとして構想されていた。本発表では1890年代のヴァン・デ・ヴェルデの言論と当時の彼の状況から、彼の思想の源泉について考察する。

原野葉子「戦争をよりよく殺すために ―ボリス・ヴィアンと一般意味―」

本発表では「一般意味論」を通じてボリス・ヴィアン(1920?1959)の作家人生の知られざる第二章に光を当て、一見地味な50年代のプレイスタイルを支えていた「科学」の論理と言語観、その射程を探っていきたいと思います。
ヴィアンの20年にも満たない創作活動は、1950年ごろを境にはっきりと二分することができます。小説の執筆に明け暮れた40年代を経て、50年代のヴィアンは鳴かず飛ばずの小説を捨てて舞台へと活動の場を移していったからです。作者の死後、『日々の泡』をはじめとする小説が爆発的な再評価を受けたのに対し、50年代はこれまで二・三の戯曲を除けば不毛の、いわば残りの時代としてとらえられてきました。
とはいえ50年代のコラムやジャズ時評、SF論、未発表草稿、戯曲といった雑多なテクストを横断的に眺めてみるとき、作家が「ことば」という記号のシステムをいかにきびしく問い直していたか、同時代の認識論的限界を打破するための科学的方法論をいかに真摯に構築しようとしていたかが明瞭に浮かび上がってきます。それはおそらく彼が50年ごろから深く傾倒した一般意味論と無縁ではありません。コージブスキーの提唱した非A理論の影響のもとで、ヴィアンにとって最大の敵である戦争もまた「ことば」の問題としてとらえなおされ、戦争への抵抗もまた、ほかならぬ「ことば」の戦いとして組織されてゆくことになるのです。

(なお本発表は2015年日本フランス語フランス文学会で行われた発表をバージョンアップさせたものとなりますことをご了承ください)

Cet article a été publié le 金曜日 16 3月 2018 à 22:05 et est classé dans イヴェント, 学会, 研究会・勉強会. Vous pouvez suivre les commentaires sur cet article en vous abonnant au flux RSS 2.0 des commentaires. Les commentaires et les pings sont actuellement fermés.

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