Archive de 9月, 2009

大阪市立大学フランス文学会(リュテス)2009年9月の研究発表会を下記のとおり開催いたします。
学生・一般の聴講も自由です。(予約不要)

日時: 9月26日(土) 14:00より
場所: 大阪市立大学経済研究棟(2階)522教室

研究発表(ひとり30分:発表25分、質疑応答5分)

1. 有田 豊  「中世―宗教改革期におけるヴァルド派の教義変遷について」

中世中期から後期にかけて、ヨーロッパでは多くの「異端」と呼ばれる人物または集団が現れ、独自の教義を展開したり、カトリック教会を批判するような民衆レベルでの信仰運動が各地で起こっていた。12世紀のフランス・リヨンに端を発し、その都市の一商人であった「ピエール・ヴァルデス」Pierre Valdès によって創設された「ヴァルド派」 Les vaudois も、同様に異端として断罪・破門された集団の一つである。彼らは13世紀以降、異端審問の危険から逃れるためにフランスを中心としたヨーロッパの各地へと離散していった。そして、カトリック教会側から熾烈な迫害を受けつつも、アルプスの山奥などに潜伏しながら約300年という長期的な地下活動を行うことによって、宗教改革運動に参加する16世紀初頭まで自分たちの信仰をひたすら守り続けたという極めて珍しい例である。ただ、ここで一つ気になる点が浮上してくる。長期間に渡る地下活動によって自分たちの信仰を保持していたヴァルド派であるが、その間の彼らの教義は発生当初のものと比べて何の変化もなく、常に一貫性を保ち続けたのであろうか。今回の発表では、創設者であるピエール・ヴァルデスの思想から宗教改革参加に至るまでのヴァルド派の教義的変遷を辿り、中世期の彼らの教義がどのようなものであったのかを考察する。

2. 白田 由樹 「デカダンスの詩神サラ・ベルナール――シャンソールのモデル小説より――」

19世紀末の「聖なる怪物」として語り伝えられるサラ・ベルナールの伝説は、明るく華やかなイメージの裏に、彼女の薄暗い側面を垣間みせるような逸話を伴っている。とりわけデカダンスの作家たちにおいて、この大女優の醜聞はひとつの霊感の源となったと見られ、彼らの作品にはサラを彷彿とさせる人物がしばしば登場する。
フェリシアン・シャンソールの小説『ディナ・サミュエル』は、サラをモデルとしたことが誰の目にも明らかな上に、ヒロインの悪徳をことさら強調して描いたため、作者はこの人物が自分の想像力から生まれたものであると釈明している。その内容のきわどさや執拗なまでの攻撃性から、彼の作品は当時からほとんど評価されていないが、他の作家たちが包み隠したモデルと登場人物との照応性、また作者の想像力をよく表す例として注目される。
そこには、女らしさの規範を逸脱するようなサラの行動や同性愛の噂を通じて、「異常者」としてのヒロイン像が作られていった形跡が認められる。また、ユダヤ人というサラの属性や、たえず非難の的となった宣伝行為は、同時代の社会に蔓延する拝金主義と偽善を生々しく描き出そうとするこの作家にとって、格好の材料となったと見られる。
「崇高なる女優」の裏側に隠された性的倒錯や醜悪さを、ひとつの暗い美として描き出し、その妄想に執着したのはシャンソールだけではない。サラが舞台で演じた「宿命の女」役の戯曲を書いたサルドゥや、後に彼女をデカダンスの群像の内に位置づけた評論家ジュリアンにおいても、この女優に対する同様のまなざしが見出される。「宿命の女」としてのサラ・ベルナールは彼らの想像力によって神話化されるが、人間らしい内面性を欠いたこの女性像は、サガンなどの新しい世代の女性たちによって覆されていくだろう。

3. 津川 廣行  「ジイドの《セレニテ》――「複雑系」の観点から――」
晩年の、もはや不安がないというその境地について論ずる際、ジイド自らも使っているように、多くの場合、《セレニテ》(se’re’nite’)の語が用いられる。他方、言うまでもなく、ジイドは《不安》であることから出発した作家である。とすれば、この《不安》の作家は、いつの時点で《セレニテ》の作家へと移行したのであろうか。ジイドが好んで、もう不安でないことを言明するようになるのは、一九二八、九年のあたりからである。そしてこのころから、政治への関心、コミュニズムへの接近、そして創作力の低下、老年に達したことの自覚も始まる。とすれば、《セレニテ》の境地も、政治参加によって乱されたとはいえ、このあたりから始まると言えそうなものである。
他方、初期・壮年期のジイドから晩年のジイドへの移行は、『贋金つかい』において始まった世界認識の変化に対応すべきもの、という見方もあるであろう。ちょうど『贋金』執筆時のあたりに「秘密潜在型」とでも呼ぶべき世界観から「秘密顕在型」とでも呼ぶべき世界観への転換がおこった形跡がみられる。もはや探求すべき秘密がなく、未来があるばかりという《自明》の境地は、彼個人のうちにはもう書くべき不安のテーマがないという《セレニテ》の境地と同じ一つのものであるはずである。ところが、「書けない」現象が、政治参加の時期において、政治と芸術の相性の悪さという観点からも論じえたために、ここにジイドの晩年の状態についての、自他による解釈の混乱が生じたのだと思われる。
ジイドは、『贋金つかい』で垣間見た「複雑系」とでもいうべき世界観の可能性をその後、十分に展開するにいたらなかった。本発表では、「複雑系」の観点が、ジイドの《セレニテ》の問題の整理に際してそれでもやはり有効であることを示そうというものである。

特別発表(博士論文報告)
福島 祥行 「意味と指示の相互行為論的生成――構築主義的コミュニケーション論のこころみ――」

なお、研究会終了後には懇親会も予定しています。ふるってご参加ください。